その人は、結婚するのだと言って笑った。
「そうですか」
はにかむ彼女を前に、随分と淡白な反応をしてしまう。口角の上がり方は我ながらあまりに控え目で、愛想笑いの一つすら満足に出来ない自分は、使い物にならない旧式のロボットみたいだ。
おめでとうと言うのがこういうシーンでの決まり事なのだと、わかってはいた。わかっていても、言いたくなかった。
心にもないことだって実際に口にしてしまえばただ流れていくだけで、全く大したものではないのに、発するまでに強い意志と覚悟がいる。
妬んでいると思われるのは心外だった。
だからユノは、重すぎると思われて引かれる可能性を無理矢理にどこかへ押しやって、口にする。気持ち悪いかもしれないけれど、別に、突飛な言葉じゃない。
「幸せに、なって下さい」
おめでたいことだと馬鹿みたいに無邪気に信じることが出来ないユノにだって、だからこそ祈りはあるのだ。
不幸な目になんて遭って欲しくないから、博打なんて打たないで欲しいというのが本音だ。でもそんなものは、幾ら思ったところで仕方がない。
きょとんと瞬いた彼女は、すぐに柔らかく微笑んだ。少なくとも今彼女は幸せなのだ。当たり前だけど。
その当たり前が、続いて欲しいと思ったらやっぱりおめでたそうな顔なんて出来なかった。
「うん。ありがとう」
華やかに輝くべきシーンで陰鬱としてしまう、汚点のような存在にしかなれないユノに、落ち着いた対応をしてくれる彼女は本当に出来た人だ。
明るい気分が顔に出にくい代わりに、暗い気分もそう強くは表情に乗らないことが、ほんの少し救いのような気がした。
彼女は決してにぶい方ではないと思うけれど、ユノの様子に気が付いていないのか、それとも気が付いた上で気付かない振りをしてくれているのか。
今だけでなく、束の間の頂点ではなく、幸せになって欲しかった。
相手を大事にし続けて欲しかった。相手に大事にされ続けて欲しかった。結果として自分のことも相手のことも貶めるなんてことを、しないで欲しかった。
やっぱり、だなんて思わせないで欲しかった。
愛する人と婚姻を結ぶだけでは飽き足らず、さあ盛大に祝いなさいと強要して来るような結婚式という文化がユノは苦手だ。
内実高笑いでもしているのだろうかと思ってみる。それならばまだ良いと思う。
花嫁は皆、わたし幸せなの!と子どものように誰彼構わず言って回りたいだけだ。少しは冷静になって欲しい。
大体、親族が相手ならば諸々考えるのも面倒くさいし鬱陶しいからとやかく言わないけれど、友人や知人が相手の場合、祝福に駆け付けた面々が内心でどう思っているかわかったものではないところも恐ろしい。
陰りなく祝っている人しかいないと言い切ることなんて到底出来ない。そういったエピソードは巷に腐る程に溢れている。
それなのに彼女が式を挙げないと聞いたら聞いたで、もったいないというような感情を抱いてしまうのだから、我ながら手に負えなかった。
「でも記念に写真は撮ろうと思うの」
「そうですか」
胸の内がほどける。二人の幸せを二人だけで完結する形にして愛でることは、ユノの好みや感覚に酷く適合して、単純に幸せそうで良いと思った。
「やっぱりドレスは着てみたいですよね」
「ね。今からわくわくしてる」
ようやく笑い合う。嬉しそうな彼女を見て、ああこの人がすきだなあと改めて思った。
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