告白をされた。
 よっぽど嫌いな、苦手な相手でなければ、少しくらい喜んでも良い場面なのではないかと思う。好意を嬉しいと思わないなんて、すごく素直じゃないと思う。
 でも気持ちが落ちていくのを感じていた。
 クラスメイトの斎藤とは、たぶん結構、かなり、仲の良い方だ。だからうっかりこんな風になってしまう。
 思わせ振りな態度に、なっていたのだろうか。
 斎藤は顔を赤くして返事を待っている。誠意と純情を煮詰めて結晶にしたみたいな顔をしてる。
 どうして渡辺の前で、そんな顔をするの。
「ごめん。応えられない。……受け止められない。……このまま友達でいたいっていうのが卑怯なら、縁を切るしかない」
 自分たちは高校生だから、お付き合いをする、とか言ったところで別にそんな大層なことにはならないと思う。相手は斎藤だから大丈夫な筈だ。
 “まだ”高校生であって、“もう”高校生ではいたくないのだ。
 でもせめてものそんな前提を置いてみても、最低限、手を握るとか、ハグするとか? キ、ちゅうくらいは? あるのかもしれない。あるんだろう。あって当然なんだろう自然なんだろう。
 もしもそれらの全てがなくともきっと空気くらいは嬉し恥ずかしみたいになるし、あるいはなるべきなのだ。青春らしく。この世の春らしく。
 そんなのって、違うと思った。
 違和感しかない。何より渡辺がすきな今が台無しだった。
 考えすぎかもしれない。ちょっと耳年増みたいなやつかもしれない。自分で自分が嫌になる。
 でも考えなかったら、失礼になるんだ。ずるいとか無神経だとかいうことになるんだ。そういう方向性で自分が本気で呆れられたり、お説教をされたりするタイプだということを、理解していた。
 でなければ男受けを狙っている可愛子ぶりっことしてなんか引かれる。本音を見せないって思われたりもする。そういう主張を、肌で感じている。
 学習したから、その手のシチュエーションはなるべく避けるように気を付けているけれど、バカみたいだ。
 恋愛を我が物と出来ていない女子は絶妙な感じに浮き上がってしまう。恋バナが下手だなんて御法度。小学生の半ばにもなれば当然のようにそうだったし、何なら幼稚園児であっても恋のひとつやふたつくらいするものだ。
 せっかく今が楽しいのに、すきなのに、どうしてこんなことになるんだ、と思う回路はたぶん、八つ当たりだ。
 斎藤は純粋に好意を寄せてくれているのだろうに、渡辺はとてもひどいことを考えている。
「縁って、それで、構わないくらいの存在か。俺は」
 斎藤は、露骨に傷付いた顔をした。悲しい。渡辺だって斎藤にひどいことを言いたくはない。ずるい。悲しい。
「ちがうよ、すきだよ。わたしは今の二人の感じが最高だと思ってて、だから、大切にしたい。納得なんて、して貰えないかもしれないけど」
 我侭を言っていると思う気持ちと、これが我侭だとされる世界って一方的すぎておかしくないかと思う気持ちと、どちらも本当だった。
 目の前の斎藤は、物凄く真っ直ぐで、だからつらい。
 うるさい外野には反発したいけれど、斎藤に反発するのは違うと思った。すきなのに、な、と思う。
 あんまり真っ直ぐでちょっと恐い。
「だって斎藤は、さ、もう友達じゃ、違うんでしょ……」
 渡辺の言葉をきちんと理解しようとするように、斎藤は少し黙った。
「ごめん。俺も頭冷やすわ」
「付き合うってなんだろうね」
「わからん」
「わからないで告白したの?」
「いや、収めておけなくて、知って欲しくなったとか……独占欲、とかまあ下心だってあるけど」
 最後だけごにょごにょと早口。
「でしょうね」
 渡辺は笑った。そこに、恐いとか気持ち悪いとかいう感情は湧かなかったから。冗談にも本音にもなり切れていない。
 斎藤の信用度が高すぎてちょっと笑える。
「男だからな、そこは仕方なくてだな、でも嫌なら迫ったりしないし」
「わかってるよ。ていうか女子だって別に、ねえ」

 ***

 ただの高校生のくせに、たまに疲れ切った大人みたいになる。そんなものは跳ね飛ばしてやりたいと思っていた。
 無邪気に、なんか果物みたいに笑っている時の渡辺が斎藤はすきだ。
「……渡辺は違うんだろ」
「そうだね、なんか遅れてるらしいね。そういうわたしをさ、斎藤の理想とずれてるわたしを尊重してくれてたら、ストレスが溜まるでしょう」
「何、んな理由で俺が渡辺のこと嫌になるとか思ってんの? 馬鹿にしてんの? ていうか、理想ってなんだよ」
「だって関係性に、バランスが取れないし、心情としてそれじゃ普通につらいじゃん絶対」
「縁切られる方が普通に傷付くんすけど!」
「友達でいられるなら、わたしは嬉しいけど……。ああでもどうかな……」
 そんな後悔しそうになる顔をしないで欲しい。
「例えばさ。試しに付き合ってみる、っていうの、世の中にはあるでしょ。そういうの否定する気は全然ないんだけど、肯定したって良いくらいなんだけど、わたしの場合だと、一方がストレスを抱えてまで本当にただ一緒にいるだけになっちゃう訳だよ。それってなに? 何のためなの? 友達とどう違うの?」
「……男避けとか」
「わたしにそんなの必要ないよ」
「はあ?! 何言ってんの馬鹿なの?! 馬鹿なんじゃねえの?!」
「びっ、くりするじゃん……」
「あ」
 当たり前みたいにあしらわれたもんだから、つい熱が籠もったというかカッとなったというか、でかい声になってしまった。
「ごめん。でもそんなんだから、危なっかしいっつうか何つうか」
「買い被りだし」
「気付いてないから危ないんだろ。ちったあ警戒しろ」
「……わたし、そういう感じになってる?」
 真剣に問われて、動揺した。なんか間違ったこと言ったかもしれない。
「え、あ、まあ。普通に、注目は、されて。いや普通、以上に? ……悪いその、恐がらせるつもりじゃなかったんだけど、男イコール犯罪者予備軍とかいう訳じゃねえから、」
「うん。心配してくれてありがと」
 遅れているとか言う割に、渡辺のこの落ち着きは何なのだろうと思わなくもない。
「でもさあ。いくら何でも、わたしだってホイホイついてったりはしないよ? なんか怪しいとか、ちゃんと気付けますよ渡辺さんだって」
「それは、わかってる……。ガードかたいし。現に俺も内側に入れてねえし。ただ行動がないと視線とか無法ちた……いや何でもない、ほんと何でもない、ごめん」
 当たり前に寄って行くやつも遠目のやつもいて、斎藤としては盛大にやきもきする訳だけれど伝え方が物凄く難しい。告白して玉砕するやつはまだ誠意があるんじゃないかカッコ斎藤含むカッコ閉じ。
 残念ながら、自分が渡辺の前に立つ公式鉄壁になることは叶わなかった訳だけれど、と思ったらちょっと泣きそうになった。今なの? 待て、耐えろ。
「さっきから斎藤、謝ってばっかだね。どしたの」
 どしたのって。慣れないことでテンパってるんすよそれが何か。人の精一杯紳士な人格を笑いやがって、お陰でちょっと気抜けした。
「恋愛とかじゃなければ、斎藤はかなりガードの内側なのにね」
「おおう?!」
「難しいね」
 渡辺は困ったみたいに笑った。そうだ難しい。ただの高校生のくせに、だからなのか、恋愛とは斯くも。


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