訳あって、とある財閥のお嬢様の身辺警護のようなお役目を担わせていただくことになった。
 で、今。ちょっと睨み合いのようなことになっている。
 本当に、お上品な出自じゃないもんで、品良く保とうとしても若干粗雑なぼろが出てしまい申し訳ない、というか掴んだ手首の細さに実は少しびびっている。
 女の子だからというより子供並の華奢さではない? え、事案?
「離しなさい」
「いやだと言ったら?」
「……お前は、男女差を利用してこういうことをして良いと、本気で思っているの?」
「え……」
「振り解くことを許さないのは、卑怯なことではないの?」
 どうやら怒っている。どうしよう、澄ましてはいてもいつも基本は寛大なのに。
 行動に、理由はある。たしなめる為という大義がある。でもそんなものには、何の効力もないらしい。それはそれというやつだ。
 わからなくもない気がしてしまったので、少し凹む。
 端整なお顔立ちのお嬢様のこういったご反応、ご褒美だとか言うやつは実際に本当にされてみたら良い、凹むぞ。ダメージ半端ないぞ。
 嫌われた? 本気で嫌われちゃうの俺?
「あの、俺のこと、そんなに」
「わたくしの意思を無視されることが、死ぬほどいやだわ」
 死ぬほど。大ダメージ。
「……正直、女の子はこういうの、……嫌いじゃないと思っているところがありました……」
「本当に正直ね」
 彼女はいささかシニカルに笑った。
「そういうひともいるのでしょう。大半なのかもしれないわ。よくは知らないけれど、世の中は何だかそういう風に喧伝していたようだし」
 そう、それ。ただしイケメンに限るとかいうやつ。ちなみに俺の見た目は、そう悪くはない。高貴なるお嬢様の側近を拝したくらいですから、ドヤ。
「でもわたくしは、そういうの、抵抗があるのよ」
「?」
 若干、風向きが変わった気がした。
「……みっともないと思わない?」
「え、いえ、どうでしょう……」
 俺を拒絶しているというより、そこいらの女性が容易く扱われては受け入れることを、ひいてはそこに自分が並ぶことを、拒絶している、のだろうか?
 安易に溺れたくないという感じ?
 慣れなすぎて受け入れ準備が整っていなくて戸惑っている? 若いもんな?
「……」
 いや、その流れは違うか。全くわかっていないと怒られてしまいそうだ。
 性差、みたいなものが厭なのだろうか。
「……」
 彼女は恐ろしくプライドが高かった。そういうところ、かなりすきだった。……いきなり浮かれてしまった。知られたらやっぱり怒られそうだった。
「いつまでこうしているのかしら」
「うおっすんません」
 惰性のように掴んでいるだけだったが、彼女はそれに乗じて自ら振り解いたりはしていなかった。俺が俺の意思で手を離すのを待っていたようだ。
 何故そういうところは控え目なんだ?
 怪訝に思う俺の前で、ようやく解放された彼女の右手首は、彼女自身の左手によって癒すように包まれる。……痛くは、していない筈なんだけど。若ければ若い程痛く感じやすいとかないよね?
「あの」
「なに?」
「俺、その、舐めているつもりとかなくて……、あ゛ー見くびっては、いたかもしれないですけど、でも本気でお嬢さんのこと」
「……ごめんなさい。言い過ぎたわ。話も、逸れてしまったし」
「あ、はっきり伝えて貰えるのは、有り難いです。俺鈍感だから」
「そんなことはないと思うけれど。……わたくしが面倒くさいのよ。ふつうは一人前の女性のように扱われたら、もっと素直に受け入れて喜ぶのでしょう。あなたは大人で、わたくしは子供なのだし、尚更よね」
「気にしないで下さい! ちゃんとぴったり噛み合えるようになりますから。ソッコーで学習して成長しますから。諦めないで!」
「……何を?」
「えっ俺、の、……教育?」
「育成を求めないで。面倒くさいわ」


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