自分は弱いんだから何とかしろとか、許せとか、強要している気がするのだと彼女は言った。
「そういうの卑怯だから、厭がられたくないから、人前で泣くのはすきじゃない」
「それ僕の前でだけ例外にしちゃいましょうよ。甘えてくんないの寂しいし」
「、百歩譲って仮に今そうでも、そのうち面倒くさくなる」
「えええ」
「絶対なる。だから厭だ。気付けなくて、気付かないうちに、愛想を尽かされる」
「僕のこと信用出来ないですか」
「出来るか」
 あら直球。
「……永遠、とか、普通にないものだろ。約束に拘束力なんてないし、……信用とかじゃない」
「なんで?」
「……。人間ってそういうものでしょ。別に責めるようなことじゃなく」
 人間、ねえ。
「どこぞの姫君かよって扱い、フェアじゃないと思うんだよ。そんなもの長続きする訳がない。それをどうして平然と求めたり受け取ったりするんだ。自分にそれだけの価値があるという自信はどこから来るんだ。相手だって人間なんだから、与えられたらその分返せるものがないといつか崩壊するだろ。なのにそのままであり続けることを強いるとかどうかしている。負担しかないじゃないか。まあ、冷めたら投げれば良いんだがな。そういう潔さは、実はきらいじゃない」
 饒舌だなあ。
「わたしもそっち側に行きたいもんだ」
「深怜さん」
「ん?」
「面倒くさいです」
「……だから付き合ってくれなくて良いと言っている。寄って来るな、いい加減わかれ」
「じゃなくてー。続かないなら続かないで、今を楽しんじゃえば良いじゃないですか。刹那主義はきらいですか」
「わたしの周りのやつはそうやって割り切ってるようには見えない。割り切ってるなら良いんだ、何なら尊敬する」
「へえ。で、深怜さんはしてくれないんですか? 割り切ること。割り切って、僕と仲良く楽しく過ごす気にそろそろならないですか」
「……、居隅といても楽しくない」
「ええ……」
「楽しめない」
「変わってないですよ! 更にえぐって来るのやめて下さい!」
 ああ、笑ってくれた。ちょっとタイミングおかしいけど。何で今なの。結構本気の苦情だよ?
「居隅の所為じゃない。居隅といる時の自分がすきじゃないから、楽しくないし楽しめない。……今もそうだ。ああだこうだと……、一緒にいると何でかそうなるからもうきっぱりと離れたいんだよ。頼むからわたしに安寧をくれよ」
 頭を抱えた。それでも足りずに、テーブルに伏した。ちょっとお皿、邪魔。どいて。
「そこまで呆れなくても」
「だってそれ、割に結構本気なんでしょ?」
 鈍重に鎌首を上げて尋ねる。
「気分が悪くなるんだよ。居隅の所為じゃないし、というか色々言う側が言えたことではないけど、とにかくそんなんだからまあ、一層刺々しくもなる。このように」
「潜在意識としてゼロではなくても、そんなことを言っちゃうわたしを追い掛けて、とかじゃないんでしょ?」
「やめろ気色悪い……、なんだその妄想」
 ドン引かれた。想定してたけど。
「そういうのはもっと可愛げのあるその辺のやつとでもやってろ。わたしは嫌いだけどな! 痛い目に遭いたくなかったらいっそ二次元にでもしておけ」
「……なんかもう、才能なさすぎですよね」
 自覚もおありのようだが本当に可愛げがない。
 彼女の顔が、は?って言っている。声にするのも厭ですか。
「とりあえず大前提として、つまり深怜さんは、僕には甘えて色々言っちゃうってことじゃないですか」
「…………きもちわるい」
「ちょっと! いいかた! 直球すぎるでしょもっと包んで下さい! 今度オブラートの現物プレゼントしましょうか!?」
「悪い」
 笑われた。こんだけこじらせてすげなくて面倒くさい癖に、笑顔とはおずるい。
「居隅がじゃなくて、わたしが気持ち悪い」
「ああまあ、そういう意味でしょうね、そうですね。深怜さんなら。だから自分で許せなくて人から逃げてくんですもんね」
 溜め息を吐く。
「……今だけのつもりで、割り切ったつもりで一緒にいたら、もしかしたらうっかりちょっと予想より長く続いたり、甘えるのも悪くないなーとか思えちゃったりするかもしれないじゃないですか」
「居隅が」
 傍点でも付いていそうな言い方をされた。
「気持ち悪くなって来た」
 う……。めげないよ。
「もしかしたら最期まで冷めないで、同じ墓に入れるかもしれないじゃないですか」
「いきなり墓なの……?」
「まあお墓は予定ではずっと先なので、今を、僕に、分け与えて下さい! っていうあれですよ」
「あれもそれも知るか」
 つれない。
「もう、むきになってるだけだろ。振り向いたら冷めるだろ」
「深怜さんの中で、どれだけ僕ひどいやつなんですか……。いい加減怒って良いですか?!」
「うるさい」
「微妙に本気で怯えるくらいならそゆこと言うのやめましょーよ! わかってんでしょ、僕のことぐっさぐっさ刺しまくってんの! どうせ!」
「うるさい。本心を言って何が悪い」
 ぐ、と詰まる。ああ泣きそう。
 自分も。彼女も。
「すんま、せん」
 お酒の所為かな。
「でも信じて貰えないの、僕もつらいんです、わかって」
「……」
「あーだめだ。なんかやばいやつになってますね?! やばいやつのパターンですよねこれ?!」
 彼女は戸惑ったような顔になった。
 ちょっとびっくりした所為で涙の気配はたぶん引っ込んでくれたようだ。良かった。ただの結果論でしかないけど。
「ちょっと頭冷やして来ます! 反省して来ます、トイレで! だからまだ断罪しないで! あとまだ帰らないで! このまま待ってて!」

「……。この流れなら、今日はもう終わりにしようってならない?」

「なんだかなあ。崩せそうで崩せない、でも崩せなそうで崩せそうな気がしちゃう」
 戻って来て、色々と追加注文したりなどして、提供されたそれらを前に言うは僕。
 彼女は二度目の、は?というお顔。声帯に対して省エネ。
「わかりません?」
「んな頑張って崩さなくて良いから、さっさと次へ行け」
「もー。大体、可能性っていうかさあ、色んな人いるじゃん」
「んなご大層なバリエーションないだろ」
「まだまだ知らないこといっぱいじゃん、経験だって少ないじゃん」
「人生経験と言いなさい、きちんと」
 ばれた。
「経験、だと少ないなんてレベルじゃなかったりとか」
 睨まれた。
 それにしても今日はお酒が進む。純粋に楽しむ為に飲んでいる訳でないことは明らかで、情けないことである。
「んーでも……人生経験、少ないって自覚してるのに、人間を語っちゃうとか頭でっかちの見本みたいっすね」
「……。サンプルは見て来た。近距離は少ないかもしれないけど。……とりあえずこんな面倒な相手にいつまでも付き合ってくれる訳がない、わたしなら辟易する」
「深怜さんは深怜さんに対して冷たすぎません?」
「……」
 あ、全然届いてない。
「ね、気付いてます?」
「何」
「自分の気持ちは変わらないっていう前提で話してますよ、さっきから」
「……」
 反省顔。真面目だなあ。
「そんなに僕のことすきですか」
「!!!」
 そろそろ限界だった。結局どこかでわかっているのだ。わかっていたのだ。それでいて最後の扉がやたら頑丈なものだから、ちょっとじたばたしていた訳だ。
 顔面が、それはそれはにこにこにこにこしてしまう。笑顔の大展覧会みたいな、いや、にやにやではないよ? ないよね?
「裏切ったら殺してくれて構いませんよ」
 にこにこ。
「別に……、裏切るとかじゃないだろ。気持ちが変わるのは当たり前のことで、一方が悪いなんてことは有り得ない」
「はあ」
「……。……大体、そんなことでわたしが救われるとでも思ってんのか」
「……へへ」
「喜ぶところじゃない」
「だって今の、やばいです」

 ***

 腹が立った。心底腹が立った。自分はハチャメチャにつらい思いをしている想定で話をしているというのに何を嬉しそうにしているのか。
「んふ、大丈夫です。変わらないものもあるって身をもって証明しますからチャンスを下さい」
 こいつは軽薄なのだ。
 これは、軽薄なのだ。
「悲しいだけで終わらないで、求めて下さい」
 居隅は、人を、と言ってから、ふ、と短く笑った。自分を笑うみたいに、どことなく照れくさそうに。格好付けめ。
「出来れば僕を。応えてみせますから」
 これまで身近なものから、ついそうでないものまで含め、折に触れ学んで来たのだ。
 確かに頭でっかちだ、自分自身による実体験ではない、だからといって、自分なら大丈夫だなんてものは自惚れた過信だろう?
 沢山の人がそれはもう失敗を繰り返しているじゃないか。学習しない方がどうかしている。
「深怜さんからしたらハイリスクかもしれないですけど、たぶんハイリターンです。僕に賭けて下さい」
「……自信家すぎるだろ」
「いやはは」
「いっそ分けて貰いたい」
「あ、ね。本当そう」
「肯定するなよ」
「だって深怜さん痛々しいんですよ。有り余ってる分、分けたげたい」
「あっそう」
「あちこち削り取られたみたいになってて不安になるんですよね……。補修したくなるっていうか」
「……補修?」
「粘土的なものを、ぺたぺたと? あー、良い感じにイメージ湧きません? なかなかぴったりな喩えだ」
 満足げである。
「知るか」
「山盛り愛されるの、嬉しくないですか?」
「、世の中には、重いという概念があってだな、」
「えー。重い同士お似合いですよ」
 だから、それが枯れた時が、恐いのだ。
「ああまた」
「言っておくが嬉し泣きじゃない!」
「わかってますよ」
 まだ心を許した訳じゃない、阿呆みたいに信じて委ねたり出来ない。びびりだと笑いたくば笑えば良い。そんなことで自分は損なわれたりしない。
「深怜さん、おばけを恐がる子供みたいですよ」
「、馬鹿にするにも程があるぞ」
 必死になって守らなくてはいけない程、人間が誰も弱くないことは知っている。自分だってどうせ図太いのだ。それでも、痛みなど避けられるものなら避けたいじゃないか。そうまでして賭ける程の、価値がどこに、
「そんなのは相手にしなくて良い妄想なんですよって言ってんです。ほらもー、恐くないから。泣くなら嬉し泣きにしましょーね」
「生意気すぎる!!!」
 零れた酒を居隅は平然と拭いた。
「そうですねえ、僕のことを、人外だと思うと良いです。宇宙人とか。さすがの深怜さんも、宇宙人のことは知らないでしょ。そんで僕のことを特別扱いして下さい☆」
 馬鹿なのかこいつは。
「わたしは、さっきから、大真面目に話しているんだがな……!!」
 知ってたけどここまでとは知らなかった。
「僕だって大真面目ですよ」

 いつか失くしてしまうとしても、今を手放したくないと思うようになった。いつかの為に近付かないのではなくて、長い目で見れば結果的に刹那でも、そばにいたかった。
 強さなんかじゃない。
 目の前しか見えなくなっただけだ。
 愚かになっただけだ。
 きっとずたぼろになる。


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