寄り添うことは、優しさだけど
 澱みへの肯定は人を排除する
 そうして孤独に追い遣ることは、無視ですか

 無視なんだろうなあ。ひとりごちて、打ち込んだ汚濁を削除した。
 そんなもの実際に書き殴って生ごみと一緒に捨てりゃ良い。

 苦しい。

 ――- 孤独?
 ――- あなたみたいな人は群れないから。強いから。元々一人でいるのが好きなんだし。

 ――- そういう人たちとつるむことなんか、励まし合うことなんか、必要としてないでしょう。

 その通りだけどね。

 ――- 無視とかそんなつもり、ない。

 悪趣味な想像。

 だめだ、クリーンアップしよ。
 綺麗なもの。ちゃんと綺麗なもの。まやかしでないもの。
 一度放ったスマホをもう一度手繰り寄せる。柊の歌、今日はどれからきこうか。

***

「性格に難があるけど、より技術のある人と、性格が良くて技術のそこそこな人間を並べて、性格の良さを取るのなら、芸術を馬鹿にしているのはあなたの方よ」
 絵に描いたような天才こと櫻桃さんが言った。ゆすらさんと読む。名前は可愛いのに中身が全然可愛くない。
 彼女がわざわざ言葉で主張するなんて珍しい。
「……私は、性格が良くて技術のある人を目指したいし、みんなにも目指していて欲しいです」
 返答した白妙を横目で見た。
 綺麗事みたいだけど、馬鹿みたいだけど、でも、凄いな、さすがの主人公属性。
 あの天才相手に何つう真っ向対峙。

 櫻桃さんは白妙の発言に反応した訳じゃないのに。
 庇ったというよりは、聞き流せなかった、のだろうか。

 冷笑するかと思った櫻桃さんは、はじめて厭味でない笑い方をした。
 わたしは二人の会話を素知らぬ顔で聞いている。
「そうね。本当に、それが一番の理想だわ」
 嗚呼ここにも素直な奴が一人。
 わたしは二人を無視して無感情に黒板を拭いているふりをする。

***

 好きなものに触れていたいのに、気分が悪くなるような人間がそこにぴったりくっ付いて来るのが、本当にいやなのだ。余計なおまけ付き。目障り、引っ込んでて、黙ってて、作品に罪はないのに。作品は素敵なのに。もったいない。騙したままでいてよ。
 わたしは天才の考え方が出来ない。
 白妙のようにもなれない。だって無理だ。あんな理想現実に叶いっこない。目指して欲しいなんてふわふわした感情じゃ救われない。
 今日もどろどろしながら、でもそんなものを消化する為に、発散する為に、描いている訳じゃない。違う。違う。違う。
「人間なんて視界に入れないで割り切れたら良いんだけど」
「でも全ての芸術は人間がやってるから。人間味が作品に深みをとか言い出すやからも何かいるじゃん」
「人間らしく作中に汚染が広まってる時は? その場合は諦めがつくのか。いやなもん見たって思うけど割り切れるか。しんどさは全然軽くないけど」
 本日も安定の自分会議。自分しかいないから誰も否定しない。安寧。

 明日もわたしは素知らぬ顔で、澄ました顔で、在り続けるんだ。
 だって結局好きだから、逃げられやしないのだ。
 学校から解放されたところで変わらない。だってプロでもそうだもの。あとがきが嫌い、生身の言葉で語ることが憎い、疲弊は尽きたことがない。
 だからわたしは絵を選んだのに
 人間からも、好きだと思うことからも、逃げられやしない。

 本当に醜いままにはしない、柊みたいになりたい。


 戻る



inserted by FC2 system